カスタマージャーニーマップの作成(As-Is版・To-Be版)
概要
- 日程: Day 3 / セッション 3
- 時間: [11:10-12:40]
- 形式: 実習
- ゴール: ペルソナの行動・思考・感情を時系列で整理し、As-Is版とTo-Be版のCJMを2枚、時間内に作成できる
- 学習形式: ハンズオン実習(AIサポートあり)、グループワーク
導入(5分)
午前中に「鈴木花子さん」(あるいはあなたたちが命名したペルソナ)が誕生しました。今度はこの人の「旅」を描きます。
ここで質問。「鈴木さんは今、なぜあなたたちのサービスを必要としているのでしょう?」と聞かれたら、何と答えますか?
「お金の管理ができないから」だけでは弱い。「いつ・どの場面で・何にどう困っていて・どう感じているか」まで描ければ、初めて「ここに価値を届けられる」と分かります。
このセッション終了時には、2枚のCJM(As-Is版とTo-Be版)が完成し、他チームに「鈴木さんの旅」を物語として語れる状態になります。90分の実習、密度高くいきましょう。
本編(15分)
1. CJMの基本フォーマット
CJMは「マトリクス」で描きます。横軸が時系列、縦軸が観察項目です。
(接点)"] R2["行動
(何をするか)"] R3["思考
(何を考えるか)"] R4["感情
(嬉しい/悲しい)"] R5["ペイン/ゲイン
(課題/価値)"] end F1 --> R1
縦軸の5行はあくまで標準。「機会」「KPI」など必要に応じて追加してOK。
CJMの記入例(家計簿アプリ As-Is版)
| 観察項目\フェーズ | 月初 | 月中 | 月末 | 翌月 |
|---|---|---|---|---|
| タッチポイント | 銀行アプリ | レシート | クレカ明細 | (何もなし) |
| 行動 | 残高確認 | レシート捨てる | 明細を見る | 諦め |
| 思考 | 今月こそ! | 後でつけよう | え、こんなに使った? | また失敗… |
| 感情 | 😊 | 😐 | 😨 | 😞 |
| ペイン | 記録忘れ | 想定外の出費 | 自己嫌悪 |
ここがポイント
感情ラインは「山と谷」をはっきりつけること。なだらかな感情ラインは、ペインも価値も発見できません。最も低い谷(最大のペイン)と最も高い山(最大の価値)を必ず描きます。
2. As-Is版 — 「現在の痛み」を発掘する
As-Is版は「ペルソナの今の旅」を描きます。あなたたちのサービスはまだ存在しない前提です。代替手段(手書き家計簿・Excel・諦め・友人に相談など)で何とかしている姿を描写します。
As-Is版の作り方(4ステップ)
- フェーズを決める: 4〜6個程度のフェーズに分ける(例: 月初→月中→月末→翌月)
- 各フェーズの行動を書く: ペルソナがその時何をするか
- 思考と感情を埋める: 何を考え、どう感じているか
- ペインを特定する: 感情が落ちる場所=ペイン発生箇所
良いAs-Is版の条件
- 感情ラインに明確な「谷」がある(ペインが見える)
- ペルソナの行動が「具体的すぎる」(時刻・場所・道具まで)
- 「ちょっとした喜び」も含まれている(人生はペインだけではない)
悪いAs-Is版の例
- 全部のフェーズで「困った」となる(ペインが特定できない)
- 時系列に飛躍がある(月初の次がいきなり翌年)
- ペルソナの個性が消える(誰の旅か分からない)
3. To-Be版 — 「あなたたちが届ける価値」を描く
To-Be版は「あなたたちのサービスがある世界での旅」です。As-Isの谷(ペイン)を、自社サービスがどう山(喜び)に変えるかを描きます。
To-Be版の作り方(4ステップ)
- フェーズはAs-Isと同じ軸を使う: 比較しやすくするため
- 各フェーズでのサービス利用を書く: いつ・どの機能を使うか
- 思考と感情を埋める: As-Isとの差分が出る
- 価値(ゲイン)を特定する: 感情が上がる場所=価値提供箇所
As-IsとTo-Beの比較で気づくこと
記録忘れ
感情↓"] --> T1["To-Be 月中
自動連携
感情↑"] A2["As-Is 月末
想定外の出費
感情↓↓"] --> T2["To-Be 月末
予算通知
感情↑↑"]
「As-Isで谷だった場所が、To-Beで山になっている」のが理想形。逆に「To-Beでも感情が変わらない場所」は、サービスの価値が出ていない場所なので、改善ポイントです。
ここがポイント
To-Beは「魔法を使わない」こと。「アプリ開いたら全部解決」みたいな魔法的体験はリアリティがありません。「通知が来る」「自動連携される」「数字で見える」など、技術的に実装可能な体験で描きます。
コラム — CJMの起源とサービスデザイン
CJMの起源は1980年代、北欧のサービスデザイン分野とされています。当時、製造業からサービス業への産業シフトが進み、「サービスは目に見えないから設計が難しい」という課題がありました。
そこでLynn Shostack(リン・ショスタック)という研究者が「Service Blueprint(サービス・ブループリント)」という手法を発表。これがCJMの原型です。彼女は『Harvard Business Review』(1984年)で「サービスは設計できる」と主張し、製造業の設計手法(ブループリント=設計図)をサービスに持ち込みました。
その後、デザイン会社IDEOやデザインスクールのd.school(スタンフォード)を経て、現在のCJMの形(感情ライン付き)に進化したと言われます。
豆知識:日本で有名なCJM事例の1つに、JR東日本「Suica」の開発があります。「改札を通る数秒の体験」を細かく分解し、「カードをどう取り出すか」「どの角度でタッチするか」「音はどう感じるか」まで設計したと言われています。あの「タッチしたら鳴る音」も、ユーザーの安心感を生むためのCJM由来の設計です。
💬 AIに聞いてみよう
- 「鈴木花子さんの月末の感情を、もっと深く描写して」
- 「As-Is版で見落としているペインはありそう?」
- 「To-Be版の『月初』に、自社サービスの強みをどう組み込める?」
- 「鈴木さんになりきって、月中の気持ちを200字で語って」
実習・演習(65分)
課題
午前中に作成したペルソナの「As-Is版CJM」と「To-Be版CJM」を、それぞれ1枚ずつ作成する。
進め方
ステップ1: フェーズ軸を決める(10分)
チームでフェーズ軸を議論する。次の例から選ぶか、自分たちで決める。
| パターン | フェーズ例 | 適したテーマ |
|---|---|---|
| 時間軸 | 朝→昼→夕→夜 | 1日の中で使うサービス |
| 月次軸 | 月初→月中→月末→翌月 | 家計簿・健康管理 |
| 購買軸 | 認知→検討→購入→利用→継続 | EC・サブスク |
| 課題解決軸 | 課題発生→検索→比較→解決→振り返り | スポット利用サービス |
フェーズ数は4〜6が目安。多すぎると粒度が浅くなる。
ステップ2: As-Is版を作成(25分)
- ペルソナをAI役にして、各フェーズの行動・思考・感情をインタビューで聞き出す
- 例: 「鈴木花子になりきって。月中、家計簿をつけ忘れたときの気持ちを教えて」
- 出てきた回答を表形式で記入
- 感情ラインを5段階(😄😊😐😟😞)で記入
- 感情が落ちる場所(ペイン)に赤色マーク
ステップ3: To-Be版を作成(25分)
- As-Is版を見ながら、ペイン解消のためにサービスがどう介在するかを議論
- 各フェーズの「サービス利用シーン」を書く
- 思考・感情を埋め直す(As-Isと差分が出る)
- 感情が上がる場所(ゲイン)に緑色マーク
ステップ4: チーム間相互発表(10分)
- 完成した2枚を別チームに見せ、1〜2分で旅を語る
- 聞き手チームから質問・違和感を1件以上もらう
- もらった指摘をメモ(次のDay4以降に活かす)
成果物
- As-Is版CJM(1枚)
- To-Be版CJM(1枚)
- 相互発表のフィードバックメモ
ヒント
- マトリクスはMiro、Google Slides、Markdownテーブル、紙のいずれでもOK
- 感情ラインに迷ったら: 「自分がペルソナだったら」と問う。共感は推測の最大の武器
- As-Isでペインが弱い: そもそも「強いペインのないテーマ」は売れない。テーマの再考も視野に
- To-Beで現実離れしている: 「明日リリースできる機能」だけで描き直す
- 時間が足りない: フェーズ数を減らす(6→4)。各セルの精度を下げない
まとめ(5分)
完成お疲れさまでした。あなたのチームは今日、次の3つを手にしました。
- ペルソナのプロフィール(10項目以上)
- As-Is版CJM(現状の旅とペイン)
- To-Be版CJM(解決後の旅と価値)
明日(Day4)は、この3つを「入力」として「情報定義書」と「情報モデル定義書」を作ります。CJMの各タッチポイントを支える情報を洗い出していく作業です。
ここまでの成果物を見ながら、ふと立ち止まって考えてみてください。「鈴木さんが本当に欲しいのは何だろう?」と。その答えが、明日からの情報設計の北極星になります。
🔄 振り返りチェック
- As-IsとTo-Beの「最大の差分」がどこにあるか、指差して言えますか?
- ペインの数(赤マーク)とゲインの数(緑マーク)はバランスしていますか?
- 他チームに「鈴木さんの旅」を1分で語れますか?
- 自分たちのサービスの価値提供箇所が3つ以上ありますか?
補足資料
- 参考ツール: Miro(CJMテンプレ多数)、Figma、Smaply
- 参考書籍: Marc Stickdorn『This is Service Design Doing』
- 参考リンク: サービスデザインツールキット(Service Design Tools)
- 発展課題: 「他社の競合サービスを使った場合」のCJMも描いて比較する
学習ガイド
想定される質問と回答例
| 質問 | ヒント |
|---|---|
| As-Is版に「自社サービス」を入れていい? | NG。As-Isは「現状」なので自社サービスは存在しない |
| フェーズの粒度がチーム内で揃わない | 「1フェーズ=ペルソナの主たる行動が1つ」のルールで揃える |
| 感情を5段階で表現するのが難しい | 文章で「ワクワク」「げんなり」など書いてから、後で記号に変換 |
| ペインが大きすぎて自社サービスでは解決できない | サービススコープを再定義する。「全部」ではなく「この部分」だけでも価値はある |
| 競合サービスがすでにある | 競合サービスのCJMも描き、自社のTo-Be版と比較。差別化点が見える |
つまずきやすいポイント
| つまずきポイント | ヒント |
|---|---|
| CJMが「サービスの説明書」になる | 主語を「サービス」ではなく「ペルソナ」に統一 |
| As-Isでサービス前提の行動を書く | 「自社アプリで…」と書いたらAs-Is違反。書き直し |
| To-Beが理想論で実装不能 | 「Day10〜17の実装期間で作れるか?」で現実チェック |
| 感情ラインが平坦 | 「最大のペイン1つ」「最大のゲイン1つ」を強調 |
| フェーズ間に飛躍がある | 隣り合うフェーズの間に「移行のきっかけ」を書く |
| 時間が足りずTo-Beが粗くなる | As-Isの完成度を下げてでもTo-Beを完成させる(To-Beが製品設計の入力) |
| チームで意見が割れる | ペルソナに戻る。「鈴木さんならどうか?」で判定 |