====== 唯識思想 ====== ===== ■ 教育目的 ===== 大乗仏教の重要な思想体系である唯識(Vijñapti-mātratā)について、その歴史的形成過程、八識説・三性説・五位百法などの基本教理、および転識得智に至る修行論を体系的に学習する。瑜伽行唯識学派の主要文献を読解し、唯識思想の現代的意義と深層心理学との関連について考察する力を養う。 ===== ■ 所要時間 ===== 所要時間:35時間 ===== ■ 到達目標 ===== ^ No. ^ 到達目標 ^ 評価基準 ^ | 1 | 唯識思想の基本概念と歴史的背景を説明できる | 瑜伽行唯識学派の成立と展開、主要論師について説明できる | | 2 | 八識説の構造と各識の機能を説明できる | 前五識・意識・末那識・阿頼耶識の特徴と相互関係を説明できる | | 3 | 種子説と薫習のメカニズムを理解している | 種子生現行・現行薫種子の循環構造を説明できる | | 4 | 三性説・三無性説の内容を説明できる | 遍計所執性・依他起性・円成実性の意味と関係を説明できる | | 5 | 五位百法の分類体系を理解している | 心王・心所・色法・心不相応行法・無為法の分類を説明できる | | 6 | 転識得智の修行論を説明できる | 凡夫から仏への転換プロセスを説明できる | | 7 | 唯識の根本文献を読解できる | 『唯識三十頌』『成唯識論』の基本構造と内容を説明できる | | 8 | 唯識思想の現代的意義を考察できる | 深層心理学や現代思想との関連を論じることができる | ===== ■ 学習内容 ===== ==== 第1部:唯識思想入門(3時間) ==== - 唯識思想とは何か - 「唯識」(Vijñapti-mātratā)の語義 - 「唯だ識のみ」の意味 - 唯識無境(外界は実在しない) - 西洋唯心論との違い - 唯識思想の成立背景 - 原始仏教から大乗仏教へ - 般若経の「一切皆空」思想 - 華厳経の「三界唯心」思想 - 中観派(空の哲学)との関係 - 仏教における唯識の位置づけ - 縁起と空の教え - 無常・無我の体得 - 瑜伽行(ヨーガ)の実践 - 禅定体験と唯識の関係 - 学習の心構え - 「唯識三年倶舎八年」 - 理論と実践の統合 - 自己の心を観察する姿勢 - 【演習】日常の認識体験を振り返る ==== 第2部:瑜伽行唯識学派の歴史(3時間) ==== - インドにおける成立と展開 - グプタ王朝期(4〜6世紀)の仏教 - 瑜伽行(ヨーガーチャーラ)の伝統 - ナーランダ僧院の学問 - 主要論師と著作 - 弥勒(マイトレーヤ):『瑜伽師地論』『大乗荘厳経論』 - 無著(アサンガ):『摂大乗論』『顕揚聖教論』 - 世親(ヴァスバンドゥ):『唯識二十論』『唯識三十頌』 - 護法(ダルマパーラ)と十大論師 - 陳那(ディグナーガ):唯識と論理学 - 中国への伝来 - 真諦の翻訳と摂論宗 - 玄奘三蔵のインド求法 - 『成唯識論』の翻訳 - 大乗基と法相宗の成立 - 日本への伝播 - 道昭・智通・智鳳・玄昉による伝来 - 南都六宗としての法相宗 - 興福寺・薬師寺・法隆寺 - 近代における復興(佐伯定胤) - 【演習】主要文献の系譜図を作成する ==== 第3部:八識説(1)——前六識(3時間) ==== - 識(ヴィジュニャーナ)とは何か - 識の定義と機能 - 認識のメカニズム - 見分(能縁)と相分(所縁) - 前五識——感覚の認識 - 眼識(視覚):色・形を識別する心 - 耳識(聴覚):音を識別する心 - 鼻識(嗅覚):香を識別する心 - 舌識(味覚):味を識別する心 - 身識(触覚):触れるものを識別する心 - 前五識の特徴:現量・性境・無記 - 第六意識——思考の認識 - 意識の定義と働き - 五俱意識と独頭意識 - 散位意識と定中意識 - 夢中の意識 - 意識の中断と継続 - 六識の限界 - 表層心としての六識 - 意識が途切れる状態 - 深層心の必要性 - 【演習】日常の六識の働きを観察する ==== 第4部:八識説(2)——末那識(3時間) ==== - 末那識(マナス)とは - 「マナス」の語義(思量する心) - 第七識としての位置づけ - 染汚意(クリシュタ・マナス) - 末那識の特徴 - 恒審思量(恒に・審かに・思量する) - 睡眠中も活動し続ける心 - 自我意識の根源 - 四煩悩との随伴 - 末那識に伴う四煩悩 - 我癡(自己についての愚かさ) - 我見(自己の設定・我執) - 我慢(自己へのおごり) - 我愛(自己への愛着) - 末那識と自我の問題 - 無我と末那識 - 自己執着の構造 - 利己心の根源 - 深層の自我意識 - 末那識の転換 - 末那識を滅する意義 - 真の無我行への道 - 平等性智への転換 - 【演習】自我執着の場面を分析する ==== 第5部:八識説(3)——阿頼耶識(4時間) ==== - 阿頼耶識(アーラヤ識)とは - 「アーラヤ」の語義(蔵・住処) - 蔵識・異熟識・一切種子識 - 根本識としての位置づけ - 阿頼耶識の三相 - 能蔵(種子を蔵する) - 所蔵(薫習される) - 執蔵(末那識に執着される) - 阿頼耶識と種子 - 種子(ビージャ)とは - 本有種子と新薫種子 - 名言種子と業種子 - 有漏種子と無漏種子 - 識の転変(パリナーマ) - 種子生現行 - 現行薫種子 - 異熟と等流 - 激流のごとく流れる阿頼耶識 - 阿頼耶識縁起 - 阿頼耶識から生じるもの - 有根身(肉体) - 器世間(外界・環境) - 人々唯識(各人の阿頼耶識) - 阿頼耶識の存在論証 - なぜ阿頼耶識が必要か - 業と輪廻の説明 - 記憶の連続性 - 意識の中断と継続 - 【演習】阿頼耶識縁起の構造を図解する ==== 第6部:種子説と薫習(3時間) ==== - 種子説の基本 - 種子の六義 - 刹那滅(一瞬で生滅する) - 果俱有(結果と同時に存在) - 恒随転(恒に相続する) - 性決定(善悪の性質が決定) - 待衆縁(諸縁を待つ) - 引自果(自らの結果を引く) - 薫習のメカニズム - 薫習とは何か - 香が衣に移るように - 行為の余習が残る - 種子の蓄積と成熟 - 業と種子 - 三業(身業・口業・意業) - 業種子の蓄積 - 業の果報 - 輪廻転生の原理 - 本有種子と新薫種子 - 本有種子(本来から有する種子) - 新薫種子(新たに薫習される種子) - 両者の関係 - 名言種子と業種子 - 名言種子(概念・言葉に関わる種子) - 業種子(善悪の行為に関わる種子) - 現象世界の形成 - 【演習】日常の行為と種子の関係を考察する ==== 第7部:三性説(3時間) ==== - 三性説の概要 - 存在の三つのあり方 - 『解深密経』における三性 - 認識主観との関わり - 遍計所執性(へんげしょしゅうしょう) - 言葉と概念による構想 - 主客の実体視 - 凡夫の日常認識 - 本来存在しないもの - 依他起性(えたきしょう) - 縁起によって生じるあり方 - 他に依存する相対的存在 - 阿頼耶識を因とする現象 - 幻のごとき存在 - 円成実性(えんじょうじっしょう) - 完成された真実のあり方 - 遍計所執を離れた状態 - 真如・空性 - 悟りの境地 - 三性の関係 - 三性は別々のものではない - 依他起性を軸とする転換 - 金土蔵の喩え - 縄と蛇の喩え - 三無性説 - 相無性(遍計所執性の無自性) - 生無性(依他起性の無自性) - 勝義無性(円成実性の無自性) - 【演習】三性説を具体例に適用する ==== 第8部:五位百法(4時間) ==== - 五位百法の概要 - 『大乗百法明門論』 - 一切法の分類体系 - 倶舎論の五位七十五法との比較 - 心法(8法)——八識心王 - 眼識・耳識・鼻識・舌識・身識 - 意識 - 末那識 - 阿頼耶識 - 心所法(51法)——心の働き - 遍行心所(5):触・作意・受・想・思 - 別境心所(5):欲・勝解・念・定・慧 - 善心所(11):信・慚・愧・無貪・無瞋・無癡・精進・軽安・不放逸・行捨・不害 - 煩悩心所(6):貪・瞋・癡・慢・疑・悪見 - 随煩悩心所(20) - 不定心所(4) - 色法(11法)——物質的存在 - 五根(眼・耳・鼻・舌・身) - 六境(色・声・香・味・触・法処所摂色) - 心不相応行法(24法) - 得・命根・衆同分・異生性・無想定・滅尽定など - 物質でも心でもない存在 - 無為法(6法) - 虚空無為・択滅無為・非択滅無為 - 不動無為・想受滅無為・真如無為 - 因縁によらない存在 - 【演習】心所の分類を整理し、自己観察に応用する ==== 第9部:煩悩論(3時間) ==== - 煩悩とは何か - 煩悩の定義 - 苦の原因としての煩悩 - 煩悩障と所知障 - 根本煩悩(六煩悩) - 貪(むさぼり) - 瞋(いかり) - 癡(おろかさ・無明) - 慢(おごり) - 疑(まよい) - 悪見(邪悪な見解) - 悪見の分類 - 薩迦耶見(我見) - 辺見(断常の二見) - 邪見(因果の否定) - 見取見(劣見を勝見と誤認) - 戒禁取見(邪戒を正戒と誤認) - 随煩悩(20法) - 小随煩悩(10):忿・恨・覆・悩・嫉・慳・誑・諂・害・憍 - 中随煩悩(2):無慚・無愧 - 大随煩悩(8):掉挙・惛沈・不信・懈怠・放逸・失念・散乱・不正知 - 煩悩の対治 - 煩悩と対治法の対応 - 止観の実践 - 正見の確立 - 【演習】自己の煩悩傾向を観察する ==== 第10部:転識得智——修行論(3時間) ==== - 転識得智とは - 識を転じて智を得る - 迷いから悟りへの転換 - 転依(所依を転ずる) - 四智の獲得 - 前五識 → 成所作智(成すべきことを成就する智慧) - 第六意識 → 妙観察智(すぐれた観察の智慧) - 末那識 → 平等性智(平等に観る智慧) - 阿頼耶識 → 大円鏡智(鏡のように映す智慧) - 修行の階位 - 資糧位:福徳と智慧を積む - 加行位:四尋思・四如実智 - 通達位:真如を証する - 修習位:十地の修行 - 究竟位:仏果の成就 - 唯識観の実践 - 五重唯識観 - 遣虚存実識(虚を遣り実を存す) - 捨濫留純識(濫を捨て純を留む) - 摂末帰本識(末を摂め本に帰す) - 隠劣顕勝識(劣を隠し勝を顕す) - 遣相証性識(相を遣り性を証す) - 境識倶泯 - 外境も識も共に泯(つ)きる - 究極の悟りの境地 - 唯識実性の体得 - 【演習】修行階位を図解し、自己の位置を考察する ==== 第11部:唯識の根本文献(1)——『唯識三十頌』(3時間) ==== - 『唯識三十頌』の概要 - 世親の著作 - 三十の偈頌による唯識綱要 - 注釈の伝統 - 『唯識三十頌』の構成 - 第1〜24頌:唯識相(唯識の相状) - 第25〜30頌:唯識性(唯識の本性)と唯識位(修行の位) - 主要偈頌の読解 - 第1頌:「仮の我法に由りて…」 - 第17頌:「是れ諸識の転変なり…」 - 第20頌:「此に由りて彼は皆無し…」 - 第21頌:「唯識の性を悟らざる故に…」 - 第25頌:「此れ即ち唯識性なり…」 - 第30頌:「此れ即ち無漏界なり…」 - 『唯識三十頌』の思想 - 八識の転変 - 三性と唯識 - 五位の修行 - 仏果の成就 - 【演習】『唯識三十頌』の現代語訳を作成する ==== 第12部:唯識の根本文献(2)——『成唯識論』(3時間) ==== - 『成唯識論』の概要 - 護法らの注釈 - 玄奘の漢訳(659年) - 十巻の構成 - 『成唯識論』の成立 - 十大論師の注釈 - 護法説を正義とする編集 - 窺基の『成唯識論述記』 - 『成唯識論』の内容 - 巻第一〜三:阿頼耶識 - 巻第四〜五:末那識 - 巻第六〜七:六識 - 巻第八:心所・三性 - 巻第九〜十:修行・仏果 - 法相宗の教学 - 五性各別説 - 三時教判 - 唯識の義理 - その他の重要文献 - 『唯識二十論』 - 『摂大乗論』 - 『瑜伽師地論』 - 【演習】『成唯識論』の構成を整理する ==== 第13部:唯識と現代思想(4時間) ==== - 唯識と深層心理学 - フロイトの無意識論との比較 - ユングの集合的無意識との比較 - 類似点と相違点 - 学問的検討の現状 - 唯識と西洋哲学 - 西洋唯心論との異同 - 現象学との関連 - 認識論的アプローチ - 実践哲学としての唯識 - 唯識と現代心理学 - 認知心理学との接点 - マインドフルネスと唯識観 - 心の多層構造の理解 - 煩悩と心の病 - 唯識の現代的意義 - 自己理解の深化 - 執着からの解放 - 他者理解と共感 - 環境問題への示唆 - 唯識と文学・芸術 - 三島由紀夫『豊饒の海』 - 現代文学における唯識 - 芸術的表現と唯識 - 【演習】唯識思想の現代的応用を考察する ==== 第14部:総合演習と唯識実践(3時間) ==== - 唯識思想の総括 - 八識・三性・五位百法の復習 - 転識得智の修行論 - 唯識の全体構造 - 唯識観の実践入門 - 坐禅と唯識観 - 心の観察法 - 日常生活での実践 - 自己変革への道 - 【総合演習】 - 唯識思想に関するレポート作成 - グループディスカッション - 発表と質疑応答 - 今後の学習に向けて - 推薦文献の紹介 - 法相宗寺院での研鑽 - 継続的な実践の重要性 - 唯識を生きる ===== ■ 参考文献 ===== * 『唯識三十頌』世親著 * 『成唯識論』護法著・玄奘訳 * 『唯識二十論』世親著 * 『摂大乗論』無著著 * 『瑜伽師地論』弥勒著 * 『大乗百法明門論』世親著 * 『唯識の思想』横山紘一著 * 『認識と超越〈唯識〉——仏教の思想4』服部正明・上山春平著